プロフィール

大迫イサクです。

1994年うまれ

神奈川出身

IT会社員

プロフィールご覧いただきありがとうございます。ここでは僕の経歴とオナ禁について配信をしている理由を書いています。よろしくお願いいたします。

幼少期~小学生のころ

僕は、母子家庭で育ちました。当時は祖父母と暮らしていました。特に母親と祖父の中が悪かったです。父親の素行がよくなかったからです。

金遣いが荒く家のことに協力的じゃなかったので祖父は僕の父親を嫌い、素行の悪い父親と結婚した母親を嫌っていました。

そんな父親は僕が5歳くらいの頃に大型バイクでどこかへいってしまいました。

 

ある日のことです。祖父が台所で酒を飲みながら「今日こそアイツ(母親)をとっちめてやる」と言っていました。

母親は夜遅くに返ってくるので「今日は相当マズイことになるな」と思いました。

 

母親の車が帰ってくる音が聞こえました。ガチャガチャと玄関の鍵の回す音、玄関が開く音。もうすぐケンカがはじまりそうな予感がしました。

祖父は母親が帰ってきたことを察しました。「さぁ、はじめるぞ」といった感じでさっそうと母親を出迎えに行きました。僕は布団にくるまっていたのでその場面をみてませんが足音でわかりました。

母親はその雰囲気に気づいたようで「ああ、ただいま」と少し緊張した声であいさつをしました。

母親はなんとか穏便にやり抜けようと必死でした。しかし、それに反して祖父の怒りは増す一方でした。声のボリュームもどんどん上がっていました。

数分後、お互いの感情はピークに達していました。そして、祖父はついに怒りをあらわにして、母親を投げ飛ばしました。

ゴツン!!という鈍い音が聞こえました。

ものすごいグロテスクな音でした。僕は「さすがにマズイ」と思いすぐさま母親のもとへかけつけました。

母親は頭から血を流して倒れていました。意識もありませんでした。

祖母がなんとか救急車を呼んで一命はとりとめました。しかし、その後もお互いの仲がよくなることはありませんでした。

中学性のころ

中学生2年生のころ、僕の祖父は亡くなりました。原因は肺がんでした。最後は骨粗しょう症にもなって、げっそりしていました。

正直、僕はちょっと安心していました。もうこれ以上家族のケンカをみることはなくなる。

不謹慎ですが、そういう気持ちになっていたのです。母親も実の父が亡くなったとはいえ安堵していたようです。

 

しかし、本当の地獄はこれからはじまるのでした。

 

僕には1つ上の兄がいます。この兄が非常にやっかいだったのです。

自己中、わがまま、短期、攻撃的、支配欲の塊、復讐心が強い。

言葉では説明できないほどの性格の持ち主です。

とにかく気に入らないことがあれば殴らないと気がすまない。そんな人です。

 

たとえば、僕がご飯を食べてるときにいきなり皿の底をバシンッって下から叩かれたことがあります。理由はわかりません。

あと、祖父は大工だったので、直角に曲がったステンレス定規が家に置いてありました。兄はあれをカマのように使って、僕の背中をひっかいたりしてきました。背中がえぐれて火傷するよりイタかったです。

兄は祖父から暴力を受けていたので、アイツのせいでこうなったという復讐心が強かったようです。

 

実は、祖父は亡くなる前に兄から執拗な暴力を受けています。当時、僕はその場に居合わせていたのですが、それはすごかったです。

「てめぇ、いままでよくもやりやがったな、あ?」と罵声をあびせながら兄は祖父をリンチしていました。倒れてもなぐ蹴るを繰り返してみるにみれない状態でした。

 

そして、僕が中学2年生の頃に、祖父は胴体にびっしりとむらさき色のあざがついた状態で亡くなりました。

高校生のころ

 

兄の暴走は止まりません。学生時代はいろいろなことがあるので、ストレスをためやすい時期です。

兄は外でためたストレスをすべて家に持ち帰ってきました。

 

そして、「俺はこの家の支配者だ」と言わんばかりに僕、母、祖母をコキ使ったのです。さきほどは僕と祖父の話しかしてませんが、母親や祖母に対しても暴力をふるうのですから異常としかいえません。

 

母親はほぼ毎日、学校まで車で送らされていました。あとから聞いた話では、車の運転中によく殴られていたそうです。事故りそうになったこともあったと言っていました。夜勤帰りで毎朝ですから相当つらかったと思います。

 

僕はその間常に兄のサンドバッグです。とにかく叫び散らして殴りまくる。ムカついたら僕に当たればいい。理由なんていりません。兄はそういう感覚でイヤなことがあるたびに僕をはらいせの道具にしていました。

高校2年生の頃、一度、兄の歯止めがきかないときがありました。僕は、30分間、カラダの感覚がなくなるまで殴られつづけたのです。次の日は背中全身アザだらけです。

殴られまくるとわかりますが、ある一定の痛みを越えると感覚がなくなります。そして、立つ体力も失います。あのときは砂漠でのどがカラカラになって蜃気楼をみているような感覚でした。

 

ただ僕が一番イヤだったのは殴られることじゃありません。兄が隣人に聞こえるボリュームで怒鳴ることでした。実際、これが、一番精神的にきます。僕はそれがいやすぎてこう言い返したことがあります。

「外に聞こえるよ?」

そしたら、「は?てめぇが怒らせたからいけねーんだろ!!」と言われてしまったので逆効果でした。

 

そんなこんなんで僕の心はおかしくなっていきました。

 

友達とはふつうにしゃべってたのですが、本当の心はどこかに置き去りにしている状態だったのです。しかも、まだ精神的に未熟だったので苦労していない友達を下に見るようになっていました。みんな幸せボケしてんな~みたいに大人ぶっていた感じです。

今思うとムリにまわりに合わせることをしなくて正解だったと思ってますが、当時にしてみれば相当ヘンテコなやつだったと思います。

 

部活はしてませんでした。そのかわりに高校1年生のおわりころにすし屋でバイトをはじめて卒業するまでやっていました。入った当初は副店長にしごかれたり、理不尽なこと言われたりとしんどい思いをした経験があります。

大学生のころ

変なプライドが混ざったまま大学生になりました。大学4年間はずっとぼっちでした。たしか、はじめての彼女ができたのは3年生の頃だったと思います。その彼女は、パチンコ屋のバイト先の1つ上の女性でした。

それまでは僕が最年少だったので、まわりから彼女がいないことをネタにされたりしてました。

 

母子家庭で貧乏だったから、とりあえず、生活費の助けにしようということで、時給の高いパチンコ屋で3年間はたらきました。もちろん、兄からの暴力はつづいていました。

ちなみにあまり話題にあげてきませんでしたが、祖母は高校生の頃に亡くなっています。アルツハイマーでした。

チラシの紙切れをポケットに入れて「家に帰る」と言いながら駅までいくものだから、あわてて家へ引き戻したことがあります。

 

大学生はほとんどバイトの記憶しかないです。学校へいって、バイトいって、たべて、パスどらやって、オナニーして寝る。

そんな生活をずっと繰り返していました。ちなみに僕は大学2年生のころにはじめてオナニーをはじめました。

 

社会人になって

あっとういまに社会人になりました。今も同じ会社に所属していますが新卒で入ったプロジェクトはつらかったです。

業種はコールセンターでした。お客さんからクレームをもらうのはあたりまえです。そのうえ、先輩社員のあたりも強かったのできつかったです。

言葉遣いが悪い人ばかりだったし、僕も僕で、こびへつらうような感じじゃなかったので、なかなかキツめの態度で接してくる人が多かったです。でも、僕は10年以上にわたる訓練を積んでいるので、ちょっとやそっとじゃびくともしません。

いつのまにかストレスを3つ4つ抱えようがうまく吸収する力をもつようになっていました。

会社で色々苦しいことはありましたが、そのへんは割愛します。その代わりに副業話につっこんで失敗した話をします。

副業に挑戦してネットワークビジネスで失敗する

僕は新卒2年目くらいの頃に、ネットワークビジネスを経験したことがあります。当時はこれからのびる!と騒がれていた会社だったので、僕も興奮していました。ちなみに誘ってきたのは高校生の頃の友達です。

あの頃は、ノマドライフに夢を見ていたので、とにかく猪突猛進で会員登録しました。

結局、失敗して50万円ちかく損をしたのですが、ネットワークビジネスをやって思ったのは、結局、みんな「金」で動くんだなということでした。

明るい態度ってのはだいたい建前で裏の顔は「カネ」です。「君の家族も助けてあげたい」なんて言ってても「カネ」が目当てです。そのくらい、人というのは腹黒いことを知りました。

たとえば、女性なら彼氏にうらぎられて、ひどく冷たい気持ちになったことがあると思います。ネットワークビジネスで失敗するとそんな感覚におちいります。

でも、僕はいままでの家庭環境の経験もあり絶対に不満を漏らさないと決めていました。

しかし、心は正直でストレスがたまればラーメンとか味の濃いものを食べたり、どんどんオナニーをして幻想世界に入り浸るようになるのです。

なぜ、オナ禁しようと思ったのか?

まだまだ書き足りないところですが、あまり長く書いても仕方ないので、オナ禁しようと思った理由を書きます。

 

理由は「このままじゃいけない!」という焦りがあったからです。

今思えばネットワークビジネスの入り口もそうだったような気がします。というのも、彼らはプロスペクト理論といって失う恐怖をあたえて勧誘するプロだからです。

 

たとえば、日本は人口減少や消費税増税でさわがれていますよね。終身雇用制度も崩壊したのでいつ危機がやってくるかわかりません。しかも、なんどもなんども地震がおこります。

 

経済危機

災害

消費税増税

社会保障費の値上がり

老老介護

 

問題は山積みです。

こういった、すぐに解決できない不安をネタにして相手をあおるのです。しかし、言っていることは正しいです。ですが、やっていることは・・・なんともいえません。

僕も僕でのんびりしていられないという想いがつのっていましたし、ずっと会社員をする気はないのでじっとしてはいられなかったのです。

 

そこでずっと頭にあったのが、これ以上ムダな時間を過ごしていたら人生が崩壊するという不安でした。しかし、、、本能の力ははかりしれません。どれだけ危機感を高めてもそんな心はポッキーのようにポキッと折れてしまいます。

そうなんです。

僕はずっとずっとどうにかしなきゃという何ともしれない焦りを感じながらオナニーする習慣から抜け出せなかったのです。

 

オナニーをはじめたのはおそかったものの明日やればいいやを繰り返して高い頻度で7年ちかくオナニーをつづけてきました。

 

トータル約639時間。

 

すごいですね。これだけの時間あったら何ができたでしょうか。時間を無駄にしたという罪悪感と、欲求にまけてシコシコしてしまう恥の気持ち。27歳になるまでずっとこれとたたかってきました。

 

しかし、ついにある人との出会いでようやく克服するときがやってくるのです!

オナ禁プログラムとの出会い

2021年5月僕は決心しました。いい加減、言い訳していられない。

そろそろ本気でオナ禁するぞ!

そこで出会ったのが、あるオナ禁プログラムです。

 

わりと買う前からオナ禁の決意はかたまってましたが、教材を買ったおかげで100%の決心が150%まで上昇しました。おかげで、200日も達成しました。

実は本気でオナ禁を克服したいとおもっていたので、そのプログラムの上位バージョンも同じタイミングで購入しました。

 

思いきって自己投資をして完全に戦闘態勢を整えてからオナ禁にのぞんだのです。

結果は正解でした。実際に余裕で100日を越えてしまいましたし、さきほどいったようにサイドビジネスに調子もよくなってきました。

 

おそらく、心に罪悪感をかかえないでいろいろ取り組めるようになったので、日常の質が上がったのだと思います。

心が晴れやかになるだけでこれほど人生が好転するとは思ってませんでした。

 

そんなこんなで超ハッピーライフを送っているわけではありませんが、いままでよりも確実に人生の質が向上しています。

だから、僕は伝えたくなったのです。僕もオナニーで苦しんでいるの助けになりたいと。

287日目にして挫折、、、

しかし、そんな僕に悲劇が訪れます。287日目にして解放してしまったのです。

本当にまさかの瞬間でした。二度とやらないと誓い、ここまで積み上げてきたにも関わらず。やってしまったのです。

度重なる仕事のストレスで幻想世界へ逃げてしまいました。オナ禁プログラムをもってしても性欲にまけてしまったのです。

 

でも、僕はあきらめませんでした。もういいや!ってなりませんでした。

 

今度こそ、今度こそ、変わってやる。絶大な罪悪感と当時に、今までに感じたことのない焦燥感とモチベーションが同時に湧いてきたのです。

僕は何が足りないのか?を考えなおしました。そんなときに思ったのが、欲望です。欲望?と思いましたか?大丈夫です。すぐにわかるようになります。

 

ちょっと想像してみてください。ゲームに夢中になっている少年は寝る間も惜しんでゲームに没頭します。

本気でギタリストになりたい少年は、中学生の頃から、年齢を偽ってバイトをして、ギターを購入します。

親に自分の夢を否定されようが、友達にバカにされようが、ギターをやるのです。

それ以外のことなんてどうでもいい。オレはこれが好き。だから、やるんだ。それ以外に理由はない。

 

人には純粋に、理由なくこれをしたいというモチベーションがあります。あなたがそれに気づくことができれば、ほかのことに気が向かなくなるのです。

つまり、この「没頭状態」こそオナ禁を達成するコツなのです。

ある意味、催眠のかかったかのような変性意識状態。フロー状態。覚醒状態です。

オナニーしているときもものすごい没頭状態になっていますよね。あの興奮と集中力に匹敵する何かを見つければよいのです。

大いなる勘違いが奇跡を生む

でも、いつか、解放したくなるときがくるのでは?

はい、きます。そうなる前に、「俺にはすばらしい彼女がいる」と思えばいいのです。そしたら、セックスしようってなります。

いや、実際いないけど?そうです、いないけどいると思う。

お前は何をいっているんだ!?といわれそうですね。でも、これこそがあなたの現状を変える方法なのです。

 

僕はもう一度、原点になって考え直しました。オナ禁プログラムを復習しました。

 

話をもどしますが、没頭状態ってどうすればなれるのでしょうか?それは、「あなたは変われる」ときづくことです。

オレはできる、私はできる、そう確信すること。さきほどカン違いの話をしましたが、強く思いこむことはとても大切です。

そして、その「信じる力」を強める方法があるのです。それがさきほど紹介した教材です。

 

オナニーしてしまうのは、あなたの成功欲が性欲にまけているからです。天秤にかけたときに性欲にずっしり秤がかたむいている。そんな風にイメージしてください。

これがわかれば、あとはカンタンです。逆の方向にかたむければよいのです。オナニーしている自分がダメなやつ。そんなこと考える必要ありません。

あなたは自分の変わりたい気持ちに集中するだけ。そうすれば、「オナニーしない自分」が自然と引き寄せられてきます。

これこそが引き寄せの法則というものです。

大丈夫です、どう変わりたいかも学んでいくうちにわかるようになります。 自己啓発歴4年目にして僕も段階が変わりつつあります。

今思うと、それまでの積み重ねがあったから、すぐに立ち直れたのかもしれません。

 

オナ禁は人生を左右する大きな決断です。一生つづくものです。だから、長期的な目線が重要なのです。

そのためにも、本当になりたい自分にきづき、変われるんだ!と確信すること。

筋トレ、ジョギング、食習慣ももちろん大事です。でも、忘れてはいけないのが精神的な成長です。

豊かな心があなたの人生を変える秘訣です。

オナ禁287日を経験した僕のことを少しでも信じていただけるとうれしいです。

僕もまた振り出しにもどってオナ禁をつづけています。もうカウントはしていません。自分の目標に集中するためです。なんだかひと皮むけた気分になっています。

 

あなたもこれまで暗い暗い道をあゆんできたと思います。その気持ちわかります。でも、だからこそ、前をみつづけるのです。かすかな光ははるか彼方さきにあります。

変化は一気に訪れません。でも、1日1日変わっています。小さな光も少しずつ大きくなってきます。

あなたはは変われます。あなたは大きくなれます。あなたは強くなれます。ポルノなんかに人生をじゃまされてはいけません。

 

今から1年後、あなたが今とは違うどこかの地点へ到達するのは間違いありません。問題は「どこへ?」です。答えは、あなたが今、どういう決断をするかによって決まります。

 

長い長い文章をここまでよんで頂きありがとうございます。あなたの成功を願っています。