
これは連作『男が、消えていく。』の最終章。
第1章「ポルノ依存症」を読む → 第2章「マッチングアプリ」を読む → 第3章「AIと疑似恋愛」を読む → 第4章「SNSの比較」を読む →最後に、名前で呼ばれたのはいつ?
「お客さま」じゃなくて。
「◯◯さん、お疲れさまです」の社内チャットでもなくて。
だれかが、あなたの名前を、声に出して。
すぐに思い出せなくても、べつにおかしくない。
日本の男は、そういうふうにできてる。
で、その思い出せない時間に、ちゃんと値段がついてる。
ポルノ。マッチングアプリ。AIの恋人。SNSの比較。
この連作で、4つの胴元を見てきた。
4つとも、おなじ原料で動いてた。あなたの孤独だ。
これは、名前のない男の映画だ。
序幕 名前のない男

1999年の映画、『ファイト・クラブ』。
主人公は、会社員の男。
半年、眠れてない。
不眠だと、なにもかも遠く感じる。
ぜんぶが、コピーのコピーのコピーみたいになる。
本当に眠ってもいないし、本当に起きてもいない。
“眠ってもいないし、起きてもいない”。この一言が、ずっと刺さってる。
— YouTube コメント(高評価 6,400)/Moonのコメント欄
男は、夜な夜な通販のカタログをめくってる。
で、本気で考える。
「どのダイニングセットが、人間としての俺を定義するんだろう」
出張の飛行機では、砂糖もクリームもバターも、ぜんぶ一回分。
となりの席の人も、一回分の友だち。
離陸から着陸までいっしょにいて、それで終わり。
で、ここからがこの映画の、いちばん地味で、いちばん怖いところ。
この男には、最後まで名前がない。
エンドロールの役名も、「Narrator(語り手)」だけ。
2時間以上しゃべりつづけて、だれにも名前を呼ばれない男。
『男が、消えていく。』っていう連作の最後に、これ以上の主人公はいない。
日本の話をする。
ABEMA Primeの「中高年はひとりぼっち多い?」という回に、54歳の会社員の男性が出てた。
友だちはあまりいない。ひとりで映画を見るのが、くせになってる。
本人は、ずっと自分は孤独に強いと思ってた。
「自分は孤独に強いんじゃなくて、たまたま会社に行ってるから、会社で人に、あれやって、これやってとかっていうコミュニケーションが、会社が準備してただけで。」
— ABEMA Prime(2026年5月)に出演した54歳の男性。コロナで在宅勤務になったときを振り返って。番組の自動字幕より
これ、マジで多くの男に当てはまると思う。
男のつながりは、会社に預けてある。
で、会社は、いつか預かったものを返してくる。
定年で。転職で。在宅勤務で。
返されたあとの数字が、これ。
内閣府の国際比較の調査で、家族以外に「相談し合ったり、世話をし合ったりする親しい友人」がいるか聞いた。
60歳を過ぎた
日本の男の45.3%
「親しい友人はいない」
アメリカの男は、21.5%。
日本の男は、その倍以上。報告書自身が「半数近くに達し」と書いてる。
おなじ番組には、別の回もある。
台所で、立ったままひとりでごはんを食べる78歳の男性が映る。
「話し合っていけるような友達を作っとけば良かったなとは、もう遅いですけども、思いますね」
海外の番組でも、おなじ絵が出てくる。
Al Jazeeraの、孤独をテーマにした討論番組。
孤独のたとえに出てきたのは、台所のカウンターに立ったまま、レンジでチンしたごはんを食べる、ひとり暮らしの男だった。
国がちがっても、だいたいおなじ絵になる。
わいの未来やん
— YouTube コメント(高評価 109)/ABEMA Primeのコメント欄
先に、ひとつだけ言っとく。
ひとりが好きなのは、ぜんぜん悪くない。孤独は、病気じゃない。
おなじ回のコメント欄でいちばん多かったのも、この声だった。
この章が問題にしてるのは、ひとりでいることじゃない。
ひとりの夜に、だれが入ってくるか、だ。
入ってくるのは、たいてい、あなたの名前を一回も呼ばないやつだ。
第一幕 聞いてもらえる場所

眠れない男は、医者にこう言われる。
「痛みが見たいか? 火曜の夜に教会へ寄ってみろ。精巣がんの男たちを見てこい。あれが痛みだ」
で、男は行く。
病気でもないのに。
精巣がんの男たちの集まりで、ボブっていう大男に抱きしめられる。
その胸で、男は泣く。
ずっと出なかった涙が、出る。
その夜、男は眠れた。
赤ん坊だって、こんなにはよく眠らない、ってくらい。
そこから男は、互助会に通いつめる。
火曜は、精巣がん。木曜は、血液の寄生虫。金曜の夜は、結核。
毎晩、ちがう偽名で。
なんで、そんなことするの。
あとで、おなじように嘘で通ってた女に聞かれて、男はこう答える。
死にかけてると思われると、人はちゃんと話を聞いてくれる。自分がしゃべる番を待つんじゃなくて。
話を聞いてもらえる場所は、病人のふりをしないと入れない場所だった。
で、これ、映画の中だけの話じゃない。
内閣府が毎年やってる、つながりの調査(令和7年)。
「何かの活動に参加してない」人の割合は、男性52.8%、女性53.5%。
集まりに出てるかどうかは、男女でほぼおなじ。
でも、ここで差が開く。
困ったときに頼れる人も、悩みを相談できる相手もいない。
内閣府の研究会が試しに作った物差しで、それに当てはまるのは、こう。
男性 9.4%
女性 3.1%
約3倍。
40代と50代の男性だと、13%台まで上がる。
悩みがあるのに、家族や友だちの手助けを受けてない人も、男性49.5%、女性35.6%。
40代の男性は、55.0%。
男に欠けてるのは、集まりじゃない。打ち明ける相手だ。
で、相談することをどう思うかも、おなじ調査で聞いてる。
孤独を「しばしば・いつも」感じてる人だと、40.8%が「相談しても無駄」、27.4%が「相手の負担になる」。
孤独を感じない人だと、それぞれ4.6%と4.0%。いちばん孤独な人ほど、相談をあきらめてる。
泣く話、わかりすぎる。悲しんでる男への同情って、マジですぐ尽きる。いちばん確実に共感してくれるのがセラピストって時点で、ね。悲しみを聞いてもらうのに、金を払う相手。
— YouTube コメント(高評価 317)/HealthyGamerGGのコメント欄
アメリカの数字も置いとく。
アメリカの調査機関が2021年に出した報告だと、「親しい友だちがひとりもいない」男性は15%。1990年は3%だった。
6人以上いる男性は、55%から27%に減ってる。
ただ、女性のほうも2%から10%に増えてる。
しかも1990年は電話、2021年はネットの調査で、報告自身が「比べ方には限界がある」って書いてる。
それでも、男も女も、友だちの輪がちぢんでるのは、たぶんほんとだ。
大学のときは、何百人もいる男子の学生クラブにいて、仲いいのが5人くらいいた。で、みんな卒業して、いまはほぼ話してない。在宅勤務で、さらに悪化した。
— YouTube コメント(高評価 155)/ColdFusionのコメント欄
学校。部活。最初の職場。
男の友だちって、だいたい「おなじ場所にいたから」できてる。
場所がなくなると、名前を呼んでくれる声も、いっしょに消える。
昔、ビールの広告で「男は黙って」ってフレーズがはやった。
さっきの78歳の男性の回で、研究者がそれを持ち出してた。
アメリカ心理学会も、2018年の指針でだいたいおなじことを書いてる。
男は小さいころから「自分でなんとかしろ」と育てられやすい。
苦しさが、言葉じゃなくて、イラつきや、人から距離をとる形で出ることがある。
感情を見せないルールは、男どうしの深い友情もじゃまする。
精神科医で配信者の、アロック・カノジア(Dr. K)っていう人がいる。
「Why Modern Men Feel Empty」という動画で、診察してきた感覚として、こう話してた。
悲しんでも、男には助けが来ない。
だから男は、悲しむかわりに怒るようになる。
ここで、ひとつ勘ちがいしないでほしい。
「男のほうが孤独」とは、データは言ってない。
WHOの2025年の報告だと、世界で孤独な人は男性15.4%、女性16.1%。ほぼおなじだ。
アメリカのピュー研究所の調査でも、男のほうが孤独とも、親しい友だちが少ないとも言えなかった。
差が出たのは、頼り方。男は、友だちがいても、気持ちの支えに頼る回数が少ない。
男の孤独は、量じゃなくて、形がちがう。人の中にいても、だれにも打ち明けてない。
第二幕 持ち物に、持たれる

ある日、男の部屋が爆発で吹っ飛ぶ。
カタログで集めた家具が、ぜんぶ消える。
行き場をなくした男が電話したのが、飛行機でとなりに座ってた石けん売りのタイラー。
バーで、タイラーは言う。
「俺たちは消費者だ。ライフスタイルへの執着の、副産物だ」
持っている物に、やがて持たれる。
— 映画『ファイト・クラブ』(1999年)のタイラーの台詞。原作はチャック・パラニュークの同名小説
1999年の映画で、持ち主を持ってたのは家具だった。
いま、あなたを持ってるのは、なんだろう。
この連作で見てきた胴元を、1枚の地図に並べる。
売り場は4つ。仕入れ先は、ひとつだった。
第1章 ポルノ。
問題のある使い方を予測してたのは、性欲の強さじゃなかった。孤独感と、感情をうまく処理できないこと。
画面の向こうでは、「自分を差し出す会場」が、手数料を取ってる。
OnlyFansの運営会社の決算(2025年11月期)だと、ファンが払ったのは1年で78億ドル。
第2章 マッチングアプリ。
Tinderの課金者は、2022年から2026年で1,110万人から890万人に減った。
なのに、1人あたりの課金は月13.82ドルから18.02ドルに上がってる。
客は減って、残った客から、多く取る。
第3章 AIの恋人。
1分1ドルで話せるAIの恋人「CarynAI」。運営側の収支表だと、相手の99%が男。
AIの恋人アプリ全体では、2026年の上半期だけで、恋愛・成人向けに1.6億ドルが使われたと推計されてる。
第4章 SNSの比較。
Metaは、いいねの数をかくせば比較がへると、社内でたしかめた。
でも、広告の収入が約1%へる見こみで、最初の設定にはしなかった(州の訴状による)。
そのあと、29の州との和解は約180億ドル。責任は認めてない。
この地図には、数字ならいくらでも出てくる。客の名前は、ひとつも出てこない。
で、4つの章のまわりを、もうひとつの胴元がうろついてる。
SNS型のロマンス詐欺。2025年の被害は546.4億円で、そのうち男性の被害が328.7億円。
最初の接触でいちばん多かったのは、マッチングアプリだった。
この動画の前に、Hingeの広告が流れたんだが
— YouTube コメント(高評価 1,400)/Pauly Walnutsのコメント欄
これ、「男の孤独」っていう題の動画の、コメント欄のトップ。
Hingeは、マッチングアプリだ。
孤独の話をしてる最中にも、胴元は、となりで店を開いてる。
孤独よりタチ悪いのは、それを“売れるチャンス”って見て、物を売りつけて儲けるやつら。
— YouTube コメント(高評価 255)/Moonのコメント欄
で、この章でいちばん大事な話は、じつはここ。
「孤独が急に増えてる」っていうたしかな証拠は、じつはあんまりない。
日本の孤独感の調査は、2021年に始まった。そこから5年、「しばしば・常に孤独」は4%台でほぼ横ばい。
60歳以上で「同居の家族以外に頼れる人はいない」も、2010年の20.3%から、2025年の16.5%。
だいたいおなじくらいだ(途中で、聞き方が少し変わってる)。
世界の研究をまとめた論文も、「時代ごとの変化の証拠は足りない」と書いてる。
じゃあ、なにが変わったのか。
人といっしょにいる時間だ。
総務省の生活時間の調査で、男性が「人と付き合う」のに使ってた時間。
1990年代までは、1日30分前後でほぼ平ら。
2001年から下がりはじめて、2016年には15分。20代前半の男性だと、2001年の54分が、2016年には25分。
コロナの最中の2021年は、8分。
アメリカでも、話はおなじ向きだ。
家に月1回以上、友だちや家族を招くアメリカ人は、1975年の42%から、2026年には12%(2つの調査をつないだ数字)。
記者のデレク・トンプソンは、アメリカの生活時間の調査をもとに、こうまとめてる。
人と会って過ごす時間は、1965年から20世紀の終わりまで、ゆっくり減った。始めたのは、車とテレビ。
そして21世紀の、いちばん悪名高い機械が、それを加速させた。
40代前半の男だけど、ときどき思う。年のせいで、自分が見えなくなってきてるのか? でも最近は、この新しい世界そのものが、その“見えなさ”を加速させてる気がしてる。
— YouTube コメント(高評価 530)/Moonのコメント欄
孤独が増えたんじゃない。孤独を刈り取る機械が、増えた。
「孤独経済(Loneliness Economy)」って言葉がある。
もともとは、イギリスの経済学者ノリーナ・ハーツが、孤独をやわらげる商品やサービスの全体を指して使った。
彼女は、むしろそういう商売に期待もしてる。
でも、同時にこうも聞いてる。
「わたしたちに売られる「共同体」は、どこまで本物なのか。もし友情と世話を市場に下請けに出せば、そのうちに、おたがいを助ける務めを手放して、助けることも下手になっていくおそれがある。」
— ノリーナ・ハーツ(2021年・米文芸誌 LARB のインタビュー)
いま、この国の男の孤独経済で売られてるのは、どっちだろう。
第三幕 近くて、届かない

互助会に、ある日、女が来る。マーラ。
彼女も、病気じゃない。おなじように、嘘で通ってる。
男は、それで一気にダメになる。
彼女の嘘が、自分の嘘を映したから。
涙が出なくなる。で、また眠れなくなる。
マーラは男に聞く。
「あんた、だれ? コーネリアス? ルパート? トラヴィス? 毎晩名乗ってる、くだらない名前のどれ?」
毎晩、偽名でなら呼ばれてる。本当の名前は、だれにも呼ばれてない。
ふたりはずっと近くにいるのに、ずっと届かない。
ここで、おなじ1999年に公開された、もう1本の映画を呼ぶ。
『マトリックス』。
人間は、機械に電池として育てられてる。ポッドの中で、本物そっくりの夢を見せられながら。
その続編、2021年の『マトリックス レザレクションズ』に、分析医って呼ばれる男が出てくる。
主人公のネオに、薬を処方してたカウンセラー。
じつはこいつが、新しいマトリックスを回してる張本人だった。
分析医は、ネオと、ネオが惹かれてる女について、こう明かす。
ふたりが結ばれたシミュレーションでは、どれも、ろくなことにならなかった。
「だが、近くに置いて、近すぎないようにしておくと、すごいことがわかった。」
— 映画『マトリックス レザレクションズ』(2021年)の分析医の台詞
分析医は、さらに続ける。
感情ってのは、事実よりずっと操りやすい。ひどく扱うほど、揺さぶるほど、人間の生む電力が増える。
鍵は、持ってないものに静かに焦がれて、持ってるものを失うのを恐れること。
で、抵抗はゼロ。みんな、喜んでポッドにとどまってる。
これ、4つの胴元の設計図そのものだ。
第2章のアプリ。会えそうで、会えない。会えたら退会されるから。
第3章のAIの恋人と推し。毎晩話せるのに、ぜったいに抱きしめられない。
第4章のSNS。ぜんぶ見えるのに、ひとつも手に入らない。
第1章の画面は、そもそも、こっちを見てない。
どれも、近くに置いて、近すぎないように作ってある。
焦がれて、恐れて、また開く。
AIで孤独を直すって、寒いからって自分ちの壁をはがして燃やすようなもん。酒でうつを治す、借金で借金を返す、みたいな。
— YouTube コメント(高評価 2,900)/ColdFusionのコメント欄
さっきのABEMA Primeの回に、もうひとり。
奥さんが家を出ていった74歳の男性。何日もだれとも話さないことはあるかと聞かれて、「まあ、1年ぶりですよ」。
で、冗談まじりに、こんなことも言ってた。
「こないだ考えたのは、もし次に、あの、宗教の勧誘の人が来たら、誘い込んじゃおうかなと。」
— ABEMA Prime(2026年1月)に出演した74歳の男性。番組の自動字幕より
笑い話みたいに聞こえる。
でも、ここにぜんぶある。
孤独は、入口を選ばない。だから、どんな胴元でも入ってこれる。
おなじ番組で、出演者のひとりが言ってた。
50歳くらいの男は、キャバクラに行って、お金がなくなるとスナックに行って、女性と話をするのにお金を使う、って。
話し相手は、ずっと前から、時間で売られてた。
画面は、それを24時間にしただけだ。
会社でも孤立している俺はAIが話し相手
— YouTube コメント(高評価 76)/ABEMA Primeのコメント欄
第四幕 目覚めも、売られる

バーを出たところで、タイラーは男に頼む。「思いっきり、俺を殴ってくれ」
ふたりは殴り合う。で、そのまま男は、タイラーのボロ屋敷で暮らしはじめる。
殴り合いを見てた男たちが、だんだん集まってくる。
地下室に、毎週、男が集まるようになる。
タイラーは、男たちの前で演説する。
ガソリンを入れて、テーブルで給仕する世代まるごと。白い襟の奴隷。
広告に、車と服を追いかけさせられて、嫌な仕事をして、要らないものを買ってる。
俺たちは、歴史の真ん中の子どもだ。目的も、居場所もない。
正直、ここは刺さる。男なら、たぶん一回は刺さる。
で、刺さるように作ってある。
集まりは、やがて「プロジェクト・メイヘム」っていう組織になる。
入ってきた男たちは、頭を剃って、おなじ黒い服を着る。
で、名前を持たない。
ある夜、作戦に出たメンバーのひとりが、死んで帰ってくる。
互助会で主人公を抱きしめた、あのボブだ。
主人公は叫ぶ。こいつは人間だ。名前がある。ロバート・ポールソンだ。
男たちは、うなずく。
そして、それを唱和に変える。
死んで初めて、
メンバーは名前を持つ。
彼の名は、ロバート・ポールソン。
孤独な男に、居場所と目的と「男らしさ」を売った組織。
名前は、生きてるうちは取り上げて、死んでから返した。
この人、さらっと流してるけど、タイラーがやったのって、まさに動画で批判してたことなんだよな。全員同じ、なにも持たない、個性ゼロの組織を作った。
— YouTube コメント(高評価 8,100)/Moonのコメント欄
もう一度、『マトリックス』。
ネオの前に、2つの薬が出される。
青を飲めば、話は終わる。ベッドで目を覚まして、信じたいことを信じればいい。
赤を飲めば、不思議の国にとどまる。ウサギの穴がどこまで深いか、見せてやる。
2012年。ネットの男たちの掲示板が、この「赤いピル」を、名前ごと持っていった。
合言葉は「目覚める」こと。でも、その中身は、だいたい、女と社会への恨みだった。
研究者は、ネットの反フェミニズムの集まりが、ばらばらに見えて「レッドピル」の考え方でおおむねつながってる、と書いてる。
作った側は、怒った。
2020年、ある有名な実業家が「赤いピルを飲め」と投稿した。
そのとき、監督のひとりリリー・ウォシャウスキーは、ひと言の罵り言葉で突き返してる。
『ファイト・クラブ』の監督デヴィッド・フィンチャーも、2023年にこう話した。
「タイラー・ダーデンが悪い影響だとわからない人がいるなんて、想像できない。それがわからない人に、どう答えればいいのか、どう助ければいいのか、私にはわからない。」
— デヴィッド・フィンチャー(英ガーディアン紙・2023年)
で、映画館を出ると、こうなってる。
2023年、イギリスの新聞が、ある有料のネット講座の中に入って書いた記事がある。
講座の売り文句は、こう。
「マトリックスから脱出したい人のための、地上で最高のもの」
入口のスローガンは、「仲間になれ。富を築け。奴隷から脱出せよ」。
で、銀行口座を入力して、月40ポンド。
記者は、会員の中に、家賃や医療費の相談と並んで、孤独や落ち込みについて聞いてる人がいる、と書いてる。
前の名前の講座のころ(2022年)、会員に配られた指示も表に出てる。
会員に売り手の動画を切り抜いて拡散させて、新しい会員を連れてきたら紹介料。
その指示に、こうあった。
口論がほしい。
戦争がほしい。
“You want arguments, you want war.”
— 男向けの有料ネット講座が会員に配った拡散の指示(英ガーディアン紙・2022年8月)
ファンが6〜7割、アンチが3〜4割になるのが理想、とも書いてあった。
怒らせるほど、広がる。広がるほど、会員が増える。
顔も名前も知らない、孤独な男の怒りまで、原料にしてる。
研究者たちは、2025年の論文で、この手の商売をこうまとめてる。
脅威を見せて、同時に、自分をその解決策として売る。
構造の問題を、個人の失敗に包み直して売る。
男の不安を、資本に変える。
おなじ論文は、ほかの研究も引いて、こうも書いてる。
昔のナンパ指南の業界は、もっと儲かって、もっと人気で、一見いいことをしてるように見える「男のインフルエンサー」に置きかわった。
男に、目的と自信とコントロールをあげます、って顔をして。
念のため、言っとく。
その講座の売り手は、別の件で、ふたつの国で起訴されてる。でも、有罪の判決はまだ出てない。
講座を買った男たちも、悪くない。
23歳独身の男ってだけで、社会(てかSNS)に“脅威”とか“問題”扱いされるの、もううんざり。仕事して、法律も破ったことない。危険人物じゃねーよ。
— YouTube コメント(高評価 388)/Moonのコメント欄
ABEMA Primeのマノスフィアを扱った回で、ジャーナリストのシェリーめぐみさんが言ってた。
ああいう場は、もともと女性蔑視のサイトじゃなくて、格闘技やゲームや自己啓発の話をしてる。
そこに、孤独で、生きづらさを感じてる男性たちが多く集まってる、って。
悪いのは、集まった男じゃない。その孤独に値札をつけたやつだ。
ここから先は、最悪の場合の話。
あなたは、40代か50代の会社員。
つながりは、ぜんぶ会社に預けてある。打ち明ける相手は、いない。
その穴に、毎晩、画面が差し込まれる。
最初は、ポルノ。
次に、アプリ。会える手前で、ずっと止まる。
次に、AIの恋人。ぜったいに否定しない。
その次に、SNS。だれかと比べて、落ちる。
落ちた夜に、「目覚め」が届く。
おまえが孤独なのは、女と社会のせいだ。赤いピルを飲め。月額で。
あなたは怒る。怒りは拡散されて、だれかの紹介料になる。
日本は、新しく人と知り合って、合わない関係から離れる自由が、39の社会でいちばん少ない国だ(国際比較の研究)。
関係は安定してるけど、一度ほどけたら、結び直しにくい。
定年。会社が、預かってたつながりを返してくる。
60歳を過ぎた日本の男の、半分近くには、親しい友人がいない。
ひとり暮らしの65歳以上の男性だと、15%が、人と話すのは2週間に1回以下。
画面は、そのあいだもずっと、手が届きそうで届かない場所に、あなたを置いてる。
焦がれて、恐れて、今夜も開く。
だれも、あなたの名前を呼ばない。
名前で呼ばれるのは、
死んだときだけ。
それが、孤独経済にとっての、いちばんいい客の一生だ。
ただ、この映画には、まだ続きがある。
第五幕 一人では、できなかった

映画の終わり近く。
男は、タイラーを探して、アメリカ中を回る。
どの町にも、もう地下室がある。で、どの町の男たちも、男のことを知ってる。
なんでみんな、僕を君だと思うんだ。
男が聞くと、タイラーは答える。
「わかってるはずだ」
僕たちが、おなじ人間だから。
おまえは、人生を変える方法を探していた。一人では、できなかった。おまえがなりたかった姿の全部、それが俺だ。
— 映画『ファイト・クラブ』(1999年)のタイラーの台詞
タイラーは、最初から、男の頭の中にしかいなかった。
自信も、男らしさも、仲間も。
孤独な男が、自分の孤独から作り出した「なりたい自分」だった。
第3章で見た、自分にだけ合わせて話すAIの恋人。
第4章で見た、加工された理想の男。
胴元の声は、外から来たんじゃない。あなたの孤独から、作られてた。
タイラーは、こうも言う。
「人は毎日やってる。自分に話しかけて、なりたい自分を思い描いてる」
ファイト・クラブの本当のポイントは、オラオラの自滅も、人を遠ざけるふるまいも、ただの“別の形の消費”で、中身がないってこと。満たしてくれるのは、人とのつながりだけ。
— YouTube コメント(高評価 1,100)/Moonのコメント欄
第四幕の論文に、ほかの研究者の言葉が引かれてた。
問題は、「男らしさの危機」じゃない。
「男たちの、つながりの危機」だ。
タイラーの言ってることで、ひとつだけ正しいことがある。
ひとりでは、できない。
ただし、相手はタイラーじゃない。
画面の中の、あなたに合わせて作られただれかでもない。
生身の、ちょっとめんどくさい人間だ。
ハーバード大学に、1938年から続いてる研究がある。
追いかけてきたのは、724人の男。仕事も、家庭も、健康も、毎年のように聞きつづけた。
研究の4代目の責任者、ロバート・ウォールディンガーの結論は、短い。
いちばん元気に年をとったのは、家族や友だちや地域との関係に、自分から身を乗り出した人たちだった。
で、こうも言ってる。
人の中にいても孤独になれるし、結婚してても孤独になれる。
大事なのは、友だちの数じゃなくて、近い関係の質だ、って。
“自分に集中しろ”って言われるの、もう疲れた。成長のアドバイスとしてはいい。でも、孤独を消すアドバイスとしてはちがう。仕事も性格も趣味も特技もあって、予定がぎっしりでも、同じくらい孤独で、だれにも愛されないままってある。
— YouTube コメント(高評価 2,700)/HealthyGamerGGのコメント欄
自分を鍛えるのは、いい。体も、仕事も。
でも、鍛えた自分を見せる相手がだれもいなかったら。
それはまた、ポッドの中で見る夢になる。
じゃあ、弱音を吐ける相手がいない男は、どうすればいいのか。
みんな恋人の話ばっかするけど、俺は、ちゃんと時間つくって一緒になんかしてくれる友だちが何人かいれば、それで幸せ。ミーム送り合うだけじゃなくて。
— YouTube コメント(高評価 97)/HealthyGamerGGのコメント欄
ABEMA Primeの最初の回で、コミュニケーションの研究をしてる岡本純子さんが、こう言ってた。
「男性はショルダー(・トゥ・)ショルダーのコミュニケーションっていうわけですね。女性はフェイス(・トゥ・)フェイスで、コーヒー1杯で何時間でも割としゃべれる人が多かったりする。でも男性は、目的がないと非常にしゃべりにくいので、仕事なりゲームなりスポーツなり、目的を作ると話しやすい。」
— 岡本純子さん(ABEMA Prime・2026年5月)。番組の自動字幕より
オーストラリアには、「メンズ・シェッド」っていう男の作業小屋が各地にある。
退職した男たちが集まって、道具を使って、なにかを作ったり直したりする。
標語は、「男は、向かい合って話さない。肩を並べて話す」。
正直に言うと、これは研究の結論じゃない。
2007年の会議で、研究者が言った一言が、そのまま標語になったもの。
作業小屋の調べものも、孤独が減ったことと「関係がある」までで、「これで減った」とまでは言えてない。
でも、78歳の男性の回でも、おなじ話が出てた。
アメリカで男を家から連れ出すには、「会議があるから来てください」って言うんだ、って。
ゴミ拾いでも、なんでもいい。目的がないと、男は来ない。
男に要るのは、向かい合う相手より先に、並んでおなじ方を見る相手かもしれない。
肩を並べて何回か通ってると、となりのだれかが、あなたの名前を覚えてたりする。
で、今夜から、ここまでならできる。
一、一人の時間を、悪者にしない
ひとりで映画を見る夜は、なにも悪くない。
問題は、ひとりでいることじゃなくて、打ち明ける相手がゼロのまま、画面だけが入ってくること。
問題なのは、友達がいないことを気にしてることだと思う。
— YouTube コメント(高評価 823)/ABEMA Primeのコメント欄
二、自分の「穴」の名前を確かめる
困ったときに、頼れる人はいるか。悩みを話せる相手はいるか。
ふたつとも浮かばないなら、それがあなたの穴の名前だ。
で、その穴に、いま、なにが差し込まれてるか。ポルノか、アプリか、AIか、SNSか。
三、目的のある場所に、通う
ジム。草野球。フットサル。将棋。ボルダリング。地域のゴミ拾い。
向かい合わなくていい。おなじ方を見る場所に、毎週、おなじ顔で通う。
誘われたら、断る前に、一回だけ行ってみる。
四、だれかの役に立つ
78歳の男性の回で、シニアの暮らしを研究してる小谷みどりさんが言ってた。
お金をもらう仕事じゃなくていい。
地域やまわりの人のために、自分の時間や体力を使う。役に立ってるっていう実感が、生きてる実感につながる、って。
アメリカの公衆衛生のトップも、つながりと人の役に立つことは、おたがいを強める、と書いてる。
五、だれかと、並んで歩く
この連作の最後のアンカーは、ずっとおなじ。歩くこと。
今回だけは、できれば、だれかと。
正面に座らなくていい。目を合わせなくていい。並んで歩いてると、男は、わりと勝手にしゃべりだしたりする。
胴元が売ってたのは、穴の形にぴったり合わせた、つながりの代用品だった。
終幕 名前

この映画の結末は、ここでは書かない。
あの男がとったやり方は、だれにもすすめられないから。
ただ、ひとつだけ。
あの男は、最後まで、名前を持たないままだった。
あなたには、名前がある。
『マトリックス』で、モーフィアスはネオにこう言う。
おまえの心を自由にしたいんだ、ネオ。だが、私にできるのは、扉を見せることだけだ。くぐるのは、おまえだ。
— 映画『マトリックス』(1999年)のモーフィアスの台詞
赤いピルを売る講座は、扉を見せるふりをして、ポッドの中に新しい夢を流し込む。
本物の扉は、たぶん、もっと地味だ。
ハリケーンで町じゅうが停電した夜のことを、書いてた人がいた。
フロリダ住みだけど、近所にいちばん“共同体”を感じたのって、いつもハリケーンのあと。町じゅう何日も停電して、ネットもテレビもない。で、電気が戻ると、ぜんぶまた消えるんだよな。笑える。
— YouTube コメント(高評価 2,000)/Moonのコメント欄
画面が消えると、となりの人の顔が見える。
扉は、いつも、画面の外側にある。
ハーバードの研究は、724人の男を75年追いかけて、いちばんはっきりした答えを、ひと言にまとめた。
良い人間関係は、わたしたちをより幸せに、より健康にする。以上。
— ロバート・ウォールディンガー(ハーバード成人発達研究・TED 2015年)。著書『グッド・ライフ』
孤独経済の売り場には、いろんなものが並んでる。
画面の向こうの裸。会えそうで会えない相手。ぜったい否定しない恋人。比べるための点数。目覚めと、男らしさ。
でも、あなたの名前を、声に出して呼んでくれる人だけは、売ってない。
名前を呼ばれる場所は、待ってても来ない。
男の場合、とくに。
だから、ちょっとだけ、自分から作りにいく。
自分から誘えるか。2回目につながるか。
体。仕事。覇気。
画面の外で、生身の相手と積み上げたぶんだけが、あなたの側に残る。
そのための教材として、当サイトで紹介してるのが「断射塾 Majestic Academy」。
断つことを入口に、恋愛と、男としての土台ごと、半年かけて組み直す。
当サイトの紹介ページで、中身と向き不向きを確かめられる。
今夜、だれかに電話しなくてもいい。
友だちを、急に作らなくてもいい。
スマホをポケットに入れたまま、近所を一周する。
コンビニの店員に、「どうも」って言う。
で、もし今週、だれかと並んで歩く時間があったら。
そいつの名前を、一回、呼んでみる。
名前は、呼ばれる前に、呼ぶものだ。
どの章からでも、ひとつだけで読める。
扉は、ずっと開いている。
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この章の出典(タップで開く)
- 映画『ファイト・クラブ』の字幕の書き起こし(非公式・Springfield! Springfield!)
- 『ファイト・クラブ』の公式クリップ「Letting Yourself Become Tyler Durden」(Movieclips)
- 『ファイト・クラブ』のクレジット(AFI Catalog)
- 『マトリックス』の公式クリップ(赤いピル・青いピル/Movieclips)
- 『マトリックス』の公式クリップ(扉を見せるだけ/Movieclips)
- 『マトリックス』の人間農場の場面(非公式クリップ)
- 『マトリックス レザレクションズ』の字幕の書き起こし(非公式・Springfield! Springfield!)
- デヴィッド・フィンチャーの取材(The Guardian 2023年10月27日)
- リリー・ウォシャウスキーの返信(NME 2020年5月)
- 「レッドピル」の掲示板の始まり(The Daily Beast 2017年)
- 内閣府「人々のつながりに関する基礎調査(令和7年)」
- 内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査(第10回)」
- 国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査(2022年)」
- 総務省「令和3年社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果」
- Thomson ほか(2018)関係流動性の 39 社会の比較(PNAS)
- Survey Center on American Life「The State of American Friendship」(2021年)
- 同「Why Men’s Social Circles Are Shrinking」
- Pew Research Center「Men, Women and Social Connections」(2025年1月)
- WHO 社会的つながり委員会の報告(2025年6月)
- Surkalim ほか(2022)113 か国の孤独の有病率(BMJ)
- Derek Thompson「The Anti-Social Century」(The Atlantic 2025年1月)
- Derek Thompson「You Are No Longer Invited to Dinner」(2026年9月)
- 米国心理学会「少年と男性の心理実践ガイドライン」(2018年)
- 米公衆衛生長官の勧告「Our Epidemic of Loneliness and Isolation」(2023年)
- ロバート・ウォールディンガーの TED トーク(2015年)
- ハーバード成人発達研究(Harvard Gazette 2017年4月)
- オーストラリア・メンズ・シェッド協会(About AMSA)
- メンズ・シェッドの評価研究のレビュー(PubMed)
- 第1章の研究:問題のあるポルノの使い方の予測因子(PubMed)
- OnlyFans の運営会社 Fenix International の決算(英国の登記所)
- Match Group の決算(2026年7〜9月期・SEC)
- 同(2022年7〜9月期・SEC)
- CarynAI(Fortune 2023年5月9日)
- AI の伴侶アプリの消費額(Appfigures の推計・Decrypt)
- 州司法長官による対 Meta 訴訟の訴状(黒塗りを減らした版)
- 29州との和解(NBC News 2026年8月26日)
- 警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等」
- ノリーナ・ハーツのインタビュー(Los Angeles Review of Books 2021年2月)
- 男向け有料ネット講座の取材(The Independent 2023年1月27日)
- 同講座の拡散の指示(The Guardian 2022年8月20日)
- 講座の売り手の刑事手続き(PBS NewsHour 2026年7月)
- Gerrand・Ging・Roose・Flood(2025)「Mapping the Neo-Manosphere(s)」(Men and Masculinities・受理稿)
- Al Jazeera English「How is the loneliness epidemic affecting society? | The Stream」(2024年6月)
