依存と回復

ポルノ依存症|削られているのは、脳ではなく夜だった

散らかった暗い部屋で床の座椅子にもたれて座り、スマートフォンをのぞき込む若い男性のうしろ姿。ずり下がったズボンから下着がのぞき、周りに菓子の袋やティッシュが散乱している

個室に入る。鍵をかける。

3分で出るつもりだった。

スマホでポルノを開く。ひとつ見て、閉じる。閉じた指で、次を開く。

自慰を済ませて出たときには、20分が経っている。

手を洗いながら、鏡は見ない。

誰にも見られていない。何も減っていない。明日にも響かない。

だから、明日も同じことをする。

あなただけではない

ドイツで3千人分のポルノの視聴履歴を、申告ではなく通信の記録で追いかけた調査がある。

男性の68%に、ポルノを見た記録が残っていた。

珍しいことは、何も起きていない。

だから、これは異常なあなたの話ではない。

そして、多数派であることは、何も守ってくれない。

恐れていたものは、そこにない

暗い机の上に、伏せられた学術誌と、赤いスタンプの押された一枚の紙が置かれている

やめれば男性ホルモンが戻る、という話がある。数字まで付いている。

その数字が載っていた論文は、2021年に撤回された

脳が壊れる。勃起しなくなる。報酬系がすり減る。

どれも、確かめられていない。

あなたが恐れてきたものは、そこにない。

だから、やめられなかった。壊れる実感がないものを、人はやめない。

本当に減っているものは、もっと静かな場所にある。

なぜ、手が伸びるのか

引き金を測った研究がある。

問題のある使い方を予測していたのは、性欲の強さではなかった。

孤独感と、感情をうまく処理できないこと。この2つだった。

つまり、あなたが個室でポルノを開くのは、性欲の処理ではない。

その日、誰にも言わなかったことの処理だ。

言えなかった。言う相手がいなかった。言っても仕方がないと思った。

その残りが、夜になって、いちばん手近な出口を探す。

出口はいつも同じ場所にある。ポケットの中に。

布団の中

暗い寝室の枕元。小さな目覚まし時計だけが弱く光っている

画面を置く。

暗くなる。

そこから、眠るまでが、いちばん長い。

23時に寝るはずだった。いま1時40分になっている。その2時間40分を埋めたのは、ポルノと自慰だ。

明日はやめる、と決める。

何回目かは、数えていない。

その感覚の正体を、1年あけて2回測った研究がある。「自分は依存している」という感覚を最も強く決めていたのは、ポルノを見た時間ではなかった。「これは良くないことだ」という、自分の信念のほうだった。

同時に、より大きな調査では、ポルノを見た量そのものにもはっきりした関連が出ている。

両方が効いている。

自分を責めても減らない。責めるのをやめても減らない。

1時間後の自分が、それを裏切る

暗い廊下に立つ男性を横から見た写真。画面が光ったままのスマートフォンを体の脇で握り、うつむいて閉じたドアのほうを向いている

さっき20分と書いたが、正確ではない。

1時間だった。

出たあと、決める。これで最後にする。

口にした時点で、もう薄い。

決意というより、手続きに近い。自慰を済ませたあとに必ず唱えることになっている、短い文句。唱えれば、少しのあいだだけ、自分がまともな側に戻る。

自分でも分かっている。この文句が、一度も効いたことがないのを。

そして1時間後、理屈は来ない。

下腹のあたりに、何かが集まってくる。それだけだ。理由も、引き金も、思い当たらない。

気づくと、また同じドアを閉めている。

片手に、光る画面。もう片方の手は、そのとき、もう自分の指示を聞いていない。

「何をやっているんだ」

そう思っている。思いながら、止まらない。

自分を軽蔑する声と、止まらない手が、同じ体の中に同時にある。

きついのは、やめられないことじゃない。

やめると決めた自分を、1時間後の自分が裏切りつづけることだ。

アラームが鳴る。

止める。もう一度鳴る。

体を起こす。下着に、昨夜、自慰した跡が残っている。脱いで、洗濯機に放る。

その動作に、もう何も感じない。

受け取るのは、これだ。足りない睡眠と、達成されなかった決意と、洗えば消える証拠。

昨日の自分が、今日の自分を弱くしている。

それだけのことだった。

隣にいる人

50の研究・5万人を超える規模でまとめたメタ分析がある。

ポルノをよく見る人ほど、人との関係に満足していない。性的な関係も、それ以外の関係も。

自分ひとりのこと——体への満足や自己評価——には、関連が出ていない。

出るのは、他人が関わる領域だけだ。

そしてこの関連は、男性でだけ、はっきり出ている。

隣に誰かがいても、埋まらなくなる。

いなければ、埋める相手もいない。

誰も、あなたに近づかなくなる

眠れていない人が、他人からどう見えるか。カリフォルニア大学バークレー校の実験がある。

眠っていない人は、近づいてくる相手を、手前で止める。自分のほうから距離を取っている。

それを見た側は、その人を選ばなくなる。

そして、映像を見ただけの人間が、自分まで孤独を感じたと答えている。

孤独が引き金だと書いた。

その孤独が、翌日、もう少し広がる。

引き金が太くなる。夜が来る。また個室に入る。

輪は、閉じている。

誰にも言っていない

42カ国・8万人規模の調査がある。

問題のある使い方に該当した人のうち、誰かに相談したことがあるのは、1割に満たない。

9割が、一人で処理している。

あなたの親は知らない。友人も知らない。職場の誰も知らない。

10年、誰にも言わずに来た人がいる。20年の人もいる。

その人たちは、あなたと同じ顔で通勤している。

それでも、10年後

このまま行けば、10年後も同じ個室にいる。

同じ時刻に、同じ手つきで。

そのとき削られているのは、夜じゃない。

その10年に入るはずだったもの全部だ。

隣にいたかもしれない人。続いていたかもしれない関係。歩けたはずの距離。

どれも、失った瞬間が分からない。分からないまま、無くなっている。

誰も止めに来ない。気づいてもいない。

親も、友人も、同僚も、この記事を読んでいない。

止められるのは、自分しかいない。

その自分を、いまは信じられない。

今夜

夜明け前の舗道を歩く足元だけが写っている

信じなくていい。

決意もしなくていい。決意は、これまで一度も効かなかった。

かわりに、ひとつだけ確かめられていることがある。

22の試験が、同じ結果を出している。体を動かすと、渇望が下がる。強度は低くていい。

断つ側の研究より、歩く側の研究のほうが、証拠が揃っている。

皮肉な話だ。座って我慢するより、外に出るほうが効く。

だから今夜は、決めない。

明日の朝、15分だけ歩く。

それで今夜が変わるわけじゃない。明日また破ってもいい。

破った回数は、もう数えなくていい。

数えるのは、明日の朝からでいい。

  • この記事を書いた人

黒川 慧

ポルノ依存、カフェイン漬け、会話恐怖。大学4年間ボッチ。欲望に負けて浪費した時間、行動せずに過ぎ去った時間はもう戻らない。その現実に打ちのめされ、悔しさをバネに23歳より学び始めた。読書1000冊以上、29歳で一人海外へ行くまでに。「知識を行動に変え、人生の舵を自分で握る。」「過去は変えられないが、未来は選べる。」かつての自分のように苦しむ焦燥感に駆られる男性へ、時間を無駄にせず人生を変えるための学びを届ける情報を発信。

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